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妻もペダルも踏み越えて 広島死闘編









 








 















 











元新聞記者 上野さんのひとりごと





















 















徹底管理のいきつくところ

○1995年6月号掲載

 オウム真理教の麻原彰晃教祖のことをぼんやり考えている。逮捕される前から彼に関する様々な分析があり、それなりに納得させられてきた。しかし、闇の部分が多すぎる。なかでも麻原教祖が多くの若者をあそこまでひきつけた理由が私にとって最大の謎だ。

 作家で天台寺住職の瀬戸内寂聴さんは「詰め込みの受験勉強ばかりしてきた彼らは、情操教育はさっぱり出来ていなくて、自分で考える智恵に欠けている。麻原教祖の単純明快な答え方にころりといかれてしまうだろう」と最近発行の雑誌に書いている。

 宗教に詳しい評論家の芹沢俊介さんは「1980年代以降、とりわけ若い世代は息苦しくて仕方ない気分を共有している。週末を無意識に望み、それを経て再生すると。(中略)そういう若い人の精神世界に対する強い関心の延長上にオウムがある」と同じ雑誌で明かす。

 いずれもうなずける。芹沢さんのいう息苦しさは恐らく、偏差値の導入による徹底管理からくるところが大きいのだろう。昔は数学なら満点取れるが、英語はゼロと豪語する若者でも京大あたりを気軽に受験できる雰囲気があった。滑ったとしても「おまえ、いい度胸してるな」と賛美する傾向があった。指導する側もされる側も今よりはるかにおおらかだった。受験浪人がそれほど肩身の狭い思いをせずにすんだ時代が確かにあった。

 それがいつの間にか変わった。受験生が急増して産業として成り立つようになったのも背景にあるだろう。受験生が自ら志望校を選ぶのではなく、教師なり受験産業側が強いてくる。意志を通そうとすると、「身のほどをわきまえよ」と打ちのめされる。逃げ場がない。大半の若者は必然的に自らの頭で考えるのを放棄する。むしろ恨みを抱く。「滑ったら、アンタらの責任だよ」と。

 安易な結論だが、麻原教祖はそうした若者を取り込んだ。この問題は根が深い。次回以降もしばらく考えたい。


※団体や個人の名称、役職等はすべて当時のまま。

2007 / 09 / 25 (火)



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