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妻もペダルも踏み越えて 広島死闘編









 








 















 











元新聞記者 上野さんのひとりごと





















 















上昇志向

○1995年7月号掲載

 再びオウム真理教について。麻原教祖が逮捕され、事件の背景が徐々に見えてきた。その中で印象に残ったのが、麻原という男の異常なまでの上昇志向の強さだった。

 教団内に厳格な身分制度を持ち込み、側近は絶対忠誠を誓うもので固めた。反逆を恐れる独裁者の典型的な手法と言える。視野の先には恐らく、日本国支配もあったのではなかろうか。上昇志向。これが今回の事件の闇に潜む一つのキーワードのような気がしてならない。

 一見平等に映る日本社会だが、決してそうではないことは誰もが肌で感じている。例えば、都会の大きな駅などで見られる路上生活者の群れだ。あの中には自らドロップアウトした人もいるだろうが、多くは出生その他で差別されて競争の機会も与えられることなく生きてきた人たちだと思う。

「日本に階級はない。誰もが挑戦できる受験が出世の道。こんな平等な国はない」という見方は確かにある。しかし、ちょっと考えれば、都合のいい強者の論理でしかない。

 お役所などで目立つ学閥採用がわかりやすい例だ。部落差別も同じ。その昔、そうした出身地情報を調べて本にし、希望する役所や企業に売りさばくというとんでもない事件があった。人間、生まれながらにして果たして平等なのか。こんな世の中を見たとき、もの思う子供たちが必ずぶち当たる人生の大きな疑問のはずだ。まともに答えられる大人がいったい何人いるだろうか。

 敗者が復活しやすい環境なら問題はない。しかし、今の日本はそうは思えない。横並び意識が極めて強い社会のため、一度でも失敗したものには厳しい。それだけに人々は「平等なんて幻想」という実感が身にしみており、そのぶん上昇志向が高まることになる。

 麻原教祖が巧妙だったのは、教団内でその一心理を徹底的に利用したことだ。地位をカネで変えるシステム。現代日本人の弱みにつけ込んだ行為としか言いようがない。


※団体や個人の名称、役職等はすべて当時のまま。

2007 / 10 / 16 (火)



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