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妻もペダルも踏み越えて 広島死闘編









 








 















 











元新聞記者 上野さんのひとりごと





















 















夏の思い出

○1995年9月号掲載

 今夏の甲子園大会は帝京の優勝で幕を閉じたが、この時期になると、決まって思い出すことがある。あれは駆け出しの高知支局時代だった。高校野球を担当しているとき、大阪本社のデスクに対し、胸にたまっていたものをはき出した。

「朝日新聞は進歩的だと聞いていましたが、高校野球の時期になると一変するんですね。マンネリ化したお涙頂戴の記事に加え、勝った、負けたの軍国調が紙面に氾濫する。戦前と変わらないですね」

 などと皮肉を効かせたものだから、そのデスクから「キミ、真意を聞かせてもらえんかね」と、注意を受けるはめになった。

 生意気な若造と思われたわけだが、その注意の内容はほとんど覚えていない。ただ、どう諭されても釈然としなかった苦さだけはかすかに残っている。なぜ高校野球だけをあんなに大きく扱うのか、主催者だからきれい事しか書かないのか、そもそも、高校野球を使って健全な人間作りを目指すなんて偽善そのものではないのか。

 そうした疑問が浮かんだり消えたりしていた。いま思えば若気の至りといえるかもしれない。とはいえ、その後疑問は長く残った。

 入社したばかりのころ、先輩記者はこういっていた。「うちの高校野球ってのはな、夏休み対策の意味もあるんだよ」と。つまり、地方大会から県版を大量の記事で埋められる高校野球は、少数の記者に担当させれば、他の者は長期休暇が取りやすい。ありがたい年中行事と思われていた。

 それに高校生の名前がおびただしく紙面に載るから、販売店も売りやすい。朝日以外の新聞社も積極的に扱うのはそうした実利からだろう。

 しかし、ありがたさを喜んでばかりいられなくなったのも事実。近年、甲子園の観客が徐々に減っている。単なる野球離れか、2年続きの猛暑の影響か、それとも他に理由があるのか。

 主催者としては軽視できず、現状分析に躍起になっているところだ。

※団体や個人の名称、役職等はすべて当時のまま。

2007 / 12 / 06 (木)



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