きょうのにっき






 





 






 





 











自転車道中膝栗毛











 







 







 






















Bike Museum













































妻もペダルも踏み越えて 広島死闘編









 








 















 











第6回「激走! 距離12・3Km&斜度12%」

by ホラガイ近藤



 満を持して初参加した2000年の中国サイクルグランプリ、出走するや否やマウンテンバイクの若造を抜き去って、我ながらまずは順調なスタートを切った。若造も必死で追いかけてきよったが、わがロードバイクよりはるかに重いマウンテンバイク、あっと言う間にブッチぎりや。
 とは言うても、ワシの前にゃまだまだ仰山なレーサーがおる。自分より速けりゃ文句は言わんが、遅いモンに前を塞がれとるんじゃから、内心イライラし通しよ。レース初参戦の悲しさというかもどかしさというか、こういう先行者を抜くタイミングがなかなかつかめない。
 当時は、「声がけ」で道を開けてもらうというようなことも知らんかった。いまなら「右抜きます」とか「左行きます」と言うて、楽に前に出れるんじゃけどね。

 この中央森林公園の健脚コース、細かなワインディングが続いているため、既にトップグループの姿は見えない。とにかく見通しの利かないカーブの連続、上り下りの繰り返しなんじゃ。やっとこさ、通称「フェンストンネル」と呼ばれるフェンスに囲まれた直線へ出る。ここを抜けると、最もキツイ傾斜12%の激坂じゃ。距離は50m程度なので、それほどの脅威ではない。ここを上りきると、下りと上りの繰り返しの果てに最下点へ向かって高度が下がってゆく。
 レースも半周を過ぎて、バテ始めた参加者がワシの目の前に迫ってくる。抜く時には少しニコニコ顔で、「キツイですねえ」などと声をかけつつ相手の様子を窺う。相手も一瞬だけ笑うが、返答できるほど余裕のある人間は既にこのあたりを走ってはいない。順位を上げるには、こういうところで一人ずつ確実に抜いて行くことじゃ。

 長い直線の下りを抜けたら、広島空港の誘導灯が見えてくる。コースの最下点だ。で、ここからがこのレースの正念場、距離2km強、高度差111メートルを上り続ける最大の難所である。左に駐車場を見下ろす緩やかな上りの直線が終わると、第一関門のトンネル。このトンネルの中はずっと上り、抜けてからも上り、次のトンネルも、その先も上り、傾斜としては8%くらいかのう。ここで5〜6人は抜いたか。
 ここから緩やかな上りになって、ようやく一息つく。溜め池を右に見ながら、その脇を抜けて左カーブを抜けると、今度は傾斜10%の「展望台の坂」が立ちはだかる。初めてこのコースを走ったときは「エーッ! ここまで来てまだ上るんか」とウンザリしたもんじゃ。
「最初から頂上が見えとるだけにつらい」という人もいれば、「頂上が見えとるからこそ頑張れる」という人もいる。とにかく、この上りはツライ。
 もう座ってはおれん。この頂上に辿り着くには立ちこぎじゃ。「ダンシング」いうやつじゃが、この坂じゃ「瀕死のダンシング」と言うたほうがええ。重い腰をサドルから持ち上げ、ハアハアと息を切らしながら、左右のペダルに交互に体重を掛ける。
 しかし、ワシの「前へ前へ」と思う気持ちほど、チネリは上ってくれん。前を行く参加者も既にバテバテで、軽やかにここを上って行く選手はひとりもいない。どんぐりの背比べの様な戦いの中で、何とか4〜5人抜くことができた。

 もう少しじゃ! 「展望台の坂」が終わればゴールまでは約3km。参加者は疲れた脚を休める間もなく、最後の力を振り絞って加速していく。ここで気を抜けば、さっき抜いた連中にすぐに追いつかれてしまう。かといって、重いギアを踏めば、もうワシの脚が持たん。回転重視で走らねば。この先には最後の関門、傾斜10%の「S字のヘアピンカーブ」が待っている。
 ゴールが近づいてきたあたりで2人に追い抜かれた。必死にもがくが追いつけない。「つり橋」の架かった所まで一気に下るが、もうワシの前には誰も見えない。
「……もうダメか」
 諦めかけながら、右カーブを曲がる。と、さっきワシを抜いた2人が見えた。やつらもええ加減でバテバテらしい。さあ、「S字のヘアピンカーブ」じゃ。切り返しで焦り、自転車を倒し過ぎてペダルを擦った。が、ここからやけくそのダンシングで、先行していた2人を抜き返した。やっとの思いで「10%」を上りきり、ゴールは目前じゃ。待ち構えた観客たちの声援が耳に入る。
「ガンバッテ、ガンバッテ!」「ガンバレ! あと少し!」「もうチョット!」

 上級コースの選手ならここで一気にギアを重くして、ダンシングでゴールスプリントとなるのだが、消耗しきったワシにそんな余力は残っとらん。大体、両脚の太腿は攣りかけとる。ゴール直前まできて後方から追い上げてきた選手1人にかわされた。結果は25分35秒で出走39名中22位<
 ゴール直後はハアハアゼエゼエ言うだけで、唾を飲み込むことさえできん。自転車から降りて、コース脇の草地に寝転んだ。学校での体育以外「スポーツ歴ゼロ」のワシが、30代後半で始めたロードレーサー。まあ、初めてにしては上出来じゃろう。
 このコースを何周も、しかもワシには想像もつかんタイムで走りきる上級者たち。彼らの脚は一体どうなっておるのじゃ。練習すればワシも少しは上のカテゴリーに行けるのか。などと思いつつ、目の前を走り抜ける上級者たちをボーっと眺めながら、ワシは心地良い疲労感に包まれとった。
 これが、レースの後の充実感じゃ。勝っても(ワシが勝つことなど有り得ないが)負けてもこの充実感だけは、走った者全員に贈られる。
 初めてのレースを一緒に戦ってくれたチネリとともに、芝生広場で遊びながらレースを見ていた子供と嫁さんの元へ向かう。
 嫁さんは言った。
「もっと遅いか思うとったけど、そうでもなかったね」
「ほっとけ。まあ、あんたの口から出た言葉にしては上出来じゃが」
「は? 何か言うた?」
「何でもありません」


 せめて、わが娘よ、お父さん、よく走ったねと言うてくれぇ。






(続く)

2006 / 08 / 10 (木)



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元新聞記者 上野さんのひとりごと





















 















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